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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2018年02月
2018-02-28 (Wed)

「士師記:エフタ(2)」

   士師記:エフタ(2)  この部分についての解釈が割れているようなので、参考のために、もう一度引用し、二通りの解釈を挙げておきたいと思います。  (士師記、口語訳)11:30-31エフタは主に誓願を立てて言った、「もしあなたがアンモンの人々をわたしの手にわたされるならば、 わたしがアンモンの人々に勝って帰るときに、わたしの家の戸口から出てきて、わたしを迎えるものはだれでも主のものとし、その者を燔祭とし...

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2018-02-27 (Tue)

「士師記:エフタ(1)」

   士師記:エフタ(1)  この記事は、今回(1)と、次回(2)に分けて載せます。ここ(1)では私の感想を中心に、(2)では解釈の引用を中心に書いてみます。 前に、アブラハムが、神に命じられて、イサクを生贄に捧げるために殺そうとして、神に止められた話を書いたことがあります。なぜ、アブラハムは、代わりに私を殺してください、と言わなかったのか、という疑問を書きました。「人間なら」https://blogs.yahoo....

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2018-02-26 (Mon)

「愛について」

   愛について  愛についてと言えば、前に書いたアガペー、フィロス、エロス、という三つを並べて、神キリストの愛、隣人愛、性愛、と分けるのが一般的なのでしょう。そして、アガペー即ち神の愛こそ至高であると説くのでしょうか。しかし、それは、理屈です。人においては実現されたことのない概念の話なのです。 信仰者として神の愛にこだわって、人の愛については罪であるかのように見なして、神の愛のほうを学ぶべきだと...

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2018-02-25 (Sun)

「我欲」

   我欲  大方の人を見渡すと我欲の塊でそれを薄っぺらな道徳が覆っている 私というキリスト者は我欲の塊でそれを薄っぺらな道徳が覆っている いっしょだ 社会性が低い分もっと悪いかもしれない 高邁な理想のつもりもときに我欲と呼んだほうがいいことがある まことに我が欲するところは則に反する 私は抑制されるだけの存在なのか 我欲は抑制できるのか 我欲の行いは抑制が可能だしかし我欲の心は抑制できない 我欲...

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2018-02-24 (Sat)

「啓示」

   啓示  啓示だから正しいという言い訳は、もう通用させてはいけない。 あまりにカルトに悪用されてきたから。 人間の良心に反することは啓示ではない。 人間の良心は、神が与えた恵みである。 人間の良心に反することは、神の御心に適っていない。 人間の良心とは、豊かな感受性であり、自由な思考である。それらを阻害する話を、どうして神の与えた啓示などと言えるだろう。 人間は、神の啓示かどうかを区別できるほ...

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2018-02-23 (Fri)

「叫び」

   叫び  人前での大きな声も 一人の小さな声も 信仰ならば叫びである 神に救いを求めキリストの同伴を信じ魂を御手に任せて 祈る言葉は 讃美であり叫びである 叫ぶのはいたたまれなくなったから 叫ばないではおれないから 神の救いが必要でキリストの同伴が必要で砕けてゆく先を御手に任せて 祈りであり証しであり叫びである 讃美が叫びになるとき 声なき叫び 静かな叫び 悲しい叫び 思い上がりの欠片もなく ...

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2018-02-22 (Thu)

「疑問」

   疑問   「神様は守ってくださいます。」 殉教も含めてって言えますか。  「聖書は神の言葉です。」 じゃ、人には理解できないですね。 神の言葉が全て人の言葉で表されるとは限りません。だから、様々な誤解や曲解が起こっています。  「真理は不変です」 神の真理は不変です。しかし、人については、ある時と場合に分かったことを、全ての時と場合で分かる真理と思い込みやすいのです。  「弱いときこそ強い。...

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2018-02-21 (Wed)

「伝道と伝達」

   伝道と伝達  人間は、伝達の手段として言葉を用いることが多いのですが、一つの言葉が、いつも一つのものを指すとは限らないのが、人の言葉の常態であり、人が絶対ではなく相対的である表れです。 きれいな夕焼けと言えば、きれいな夕焼けの情景が伝わるとは限らない、というのと同じようなことです。心の中のことを表すなら、なおさらでしょう。 だから、詩人は心を伝えるのに、努めて様々な比喩を使うのです。そこが伝...

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2018-02-20 (Tue)

「「近況、逆説的な」コメント欄」コメント

   「「近況、逆説的な」コメント欄」コメント  コメント欄を記事にした「「近況、逆説的な」コメント欄」のコメント欄にコメントが寄せられ、これも大事な気がしてきたので、記事にいたします。  こんにちは。この記事からシャローム氏のブログを見ましたが、主張の根底にあるものがRにはよく分からないです。何に対して怒ってるのかな。共産主義でも逆に国粋主義でもないようだし、キリスト教的でもないような。何に基づ...

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2018-02-19 (Mon)

「信仰を支えるもの」

   信仰を支えるもの  二千年前、キリスト者が、今日か明日には殉教して天国にいるかもしれない、という状況では、教会の結束を固める意味でも、ひたすら讃美するしかなかったでしょう。その状況で、疑問など感じていては今までの苦労が水の泡になる、死が迫っている状況では、そういうものなのでしょう。讃美しかない状況、それは、聖徒には死の迫る時、また、私たちには臨終の時なのです。 しかし、現代の私たちにおいては...

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