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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2017年11月
2017-11-30 (Thu)

「孤独死」

   孤独死  自分が死ぬときに、見守り悲しむ家族も友人もいない。後始末という迷惑をかけるだけ。よいものを残した手ごたえがまるでない。みんな自分を見限って去って行った。 わが神、わが神、何ゆえ我を見捨てたまいしか。 このような孤独死を前に今生きている幸いを感じないのが最も大きな人間の不幸 だとしたら 生にも死にも何の救いもないと感じるだろう。 そのようにだけはならないように生きているといっても過言...

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2017-11-29 (Wed)

「キリストの復活」

   キリストの復活  キリストの復活については、前にも何度か書いてきたと思います。霊的復活を信じている人と、肉体の復活も信じている人がいるようです。肉体の復活だけを重視して、それで完成したかのように悦に入っている心無い人もいるようです。 霊的復活は、精神的復活と言ってもよいし、キリストの心は死んでいないと言ってもよいでしょう。これは、現代において、自分というキリスト者が誕生したのは、聖書のキリス...

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2017-11-28 (Tue)

「試練と恵み」

これも前に書いたとは思いますが・・    試練と恵み  前に、試練と恵みは同値だ、と書きました。本質的には区別できないものを人間が分けて受け取っているだけという意味で言っています。 試練は耐え忍ぶもので、苦しいこともある。試みに会わせず・・という主の祈りもある。 恵みは賜物であり祝福である。 しかし人間の能力の限界を考えると、 恵みと思って楽しんでいたら、思い上がって罪を犯すこともあるでしょう。ま...

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2017-11-27 (Mon)

「悪霊と人間」

   悪霊と人間  私は聖書を読んでも悪魔と悪霊の区別を明確には付けることができません。今回は、悪霊について少し長めに聖書を引用してみます。 地上にいるもので、人間よりも神に従順で神を分かっている者は誰でしょうか。私は、それは悪魔または悪霊ではないかと思います。  (マタイによる福音書、口語訳)8:28それから、向こう岸、ガダラ人の地に着かれると、悪霊につかれたふたりの者が、墓場から出てきてイエスに出...

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2017-11-26 (Sun)

「聖霊と信仰」

   聖霊と信仰  改めて聖霊について考えてみます。  (ヨハネによる福音書、口語訳)14:25これらのことは、あなたがたと一緒にいた時、すでに語ったことである。 14:26しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。 14:27わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与...

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2017-11-25 (Sat)

「幸不幸」

前に似たようなことを書いたと思います・・。    幸不幸  不幸を、もっとひどい不幸の実例をあげて比べればマシだろうというような判断と説得は正当ではないと言われている。 もっとひどい不幸は、大方、それが既に改善を要しており、正当に存在してはいないからだ。 しかし人は絶対基準を持たないので、しばしば比較してしまう。 他者と自分、過去の自分の記憶と今の自分、今の自分と未来の自分の予想、これも主観なのだ...

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2017-11-24 (Fri)

「マリアとマルタの愛」

   マリアとマルタの愛  前に、香油をキリストにかける話がマルコ書とヨハネ書に出てきましたが、それと同じ場面ではないだろうかと思われる箇所がルカ書にあります。さらに、ルカ書には、香油をキリストに塗ったのは、別の、罪の女として書かれています。後者ルカ7:36以降は、端折って引用します。  (ルカによる福音書、口語訳)10:38一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名...

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2017-11-23 (Thu)

「宗教的確信」

   宗教的確信  確信を持つということがある。こうとしか考えられないとか何を言っているんだ!という言葉がついてきたりする。 確信同士がぶつかり合うと大変だが、多くは少しは反省する。 確信が宗教で神についての訂正不能の確信となると悲劇が起こる。 実は自分の確信だと気づかずに実は自分の解釈だと気づかずに 神への信仰を神への、人の信仰だと気づかずに 神を信じているんだと、疑ってはならないと、揺らぐもの...

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2017-11-22 (Wed)

「生存権」

以前、書いたことがありますが、また考えて、信仰の立場を加えてみて・・    生存権  私たち人間の命は、一人一人、皆、この地上のどこかに、できちゃったものです。また、私たちは、一人一人、荒野に山頂に海の上に産み落とされるのではなく、大方、人間の集まりのコミュニティまたは人間社会の中に産み落とされます。 人々の中に生まれた私たちは、当然、人々から役に立つ人材として期待されます。生まれた子が望む前に、...

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2017-11-21 (Tue)

「信仰と思い込み」

   信仰と思い込み  信仰とは、信じることではない、と前に書いたことがあります。正確には、信仰は、分からないことを分かったかのように教えられたとおりに思い込み信じ込むことではない、ということです。 神を信じるとは、神を分かって信じることではない。神は誰にとっても分からないままです。終末まで、分からないままでしょう。 すべてが平和で幸福な地上でないことは、生きている誰もが知っています。いやというほ...

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