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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2017年06月
2017-06-30 (Fri)

「癌的献身」

   癌的献身  からだと心のがん検診  「その名は不思議」ブログ by shalom ←ずっと批判します 2017/6/29(木) 午後 3:18 https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28149937.html  この記事は、おそらく、転載か引用記事だと思いますが、どこから、彼シャロームの記事なのか、分からなくしてあるようです。何故かというと、バレないように、ということでしょうが、彼の企みはバレバレです。 >というのは、神の言葉は生...

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2017-06-29 (Thu)

「弱さを装う者」

   弱さを装う者  その名は不思議 管理人:shalom ←ずっと批判します。 タイトル:強い時こそ弱く、弱い時にこそ強い!  2017/6/28(水) 午前 10:35 https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28148419.html  彼シャローム氏という人は、批判者の神経を逆なですることに快感を覚えるのでしょうか。彼は、記事タイトルに、真っ向から反する人です。彼は、弱さを装う人です。強い時には高みから教え、弱みを一度も見せた...

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2017-06-29 (Thu)

「道と境地」

   道と境地  おのれの欲するところに従えども則を超えず、とは論語だったか。仏教では、悟りとか解脱という境地があるらしいと聞いたが、私は、ぶっきらぼうに「ない」と答えてしまった。(失礼、汗) 類するものはないかと考えてみるのだが、キリスト教の名を語る自分信仰者には自分で出来なくても電動自転車のようにキリストが押してくれるなどと豪語して自慢する向きもあるが、やはり境地というのがあるとは思えないので...

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2017-06-28 (Wed)

「信仰の節操メモ」

   信仰の節操メモ  キリスト信仰は、自分を含むところの人間は罪を犯す、という罪悪感と罪の気づきそして意識そして自覚から始まってゆき、悔い改めの祈りの信仰へと成長してゆくことで、艱難と罪による苦しみや悲しみから解放される道を求めてゆくことにあります。 しかし、その信仰の始まりである罪を認めず、キリストとともに十字架に自分も自分の罪も死んだのだから、もはや、罪責感に苦しむこともなく悔い改めなくても...

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2017-06-27 (Tue)

「偽善の遠吠え」

   偽善の遠吠え  「その名は不思議」ブログ by shalom ←ずっと批判しています。 今と将来に共同責任  週のはじめに考える 政治家と官僚と国民と 2017年6月25日 https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28144882.html  彼シャローム氏は、キリスト者のつもりでブログを書いてきましたが、私は、彼はキリスト者ではないと判断しています。キリスト教は、彼にとって、権威をひけらかすために利用しているだけのようで...

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2017-06-26 (Mon)

「同じ」

   偽善の転載     …同じことだ  「その名は不思議」ブログ by shalom  https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/MYBLOG/yblog.html   ここを、彼を、ずっと前から批判しています。  政治の記事を、まるで取り憑かれたように、いくら次々と転載しても、自分自身が、批判に反論も出来ないで、批判を削除して、つまり批判を許容しないところの、権威主義であることの弁明にも言い訳にもならないことは言うまでもあ...

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2017-06-25 (Sun)

「妄想化」

   妄想化  偽信仰は妄想を育てる 妄想はルサンチマンから生じて自己正当化のために妄想となってゆく 他者は富と力に頼み自分は神に頼むと言う 神は富や力よりもはるかに偉大だ自分には絶対の神が味方についていると言い 自分を攻撃する者は神の敵だ!と 富める者や力ある者たちは滅びの道を歩む者たち 自分は違う神に愛されているから というふうに被愛妄想を絡めて自らを高めてゆく それが人間として神に対して信仰...

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2017-06-24 (Sat)

「信仰の悩み」

   信仰の悩み  神は、今、何をなさっておられるのか、これから、何をなさるつもりなのか、自分はどうなるのか、こういうことを考えるのは、ある意味、苦痛でもあります。自分は救われる民の一人として造られたのか、ひょっとして自分は反逆して滅ぼされるためだけに造られたのではないか。神という存在を考えると、そういう思いも生じてきて、かえって不安になることもあるのです。つまるところ、神を信じるがゆえに生じてく...

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2017-06-23 (Fri)

「素晴らしさの形骸」

   素晴らしさの形骸  その名は不思議 ローマ11:33~36ー神の素晴らしさを賛美する!  2017/6/23(金) 午前 10:16 https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28141060.html  生活の中の聖書 ローマ11:33~36ー神の素晴らしさを賛美する! 2010/11/22(月) 午後 5:19  彼シャローム氏が自分で書けば破綻だらけ、それで人の書いたものに頼るわけですが、それも、自分とそう違わないものを持ってくる、つまり似たようなも...

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2017-06-22 (Thu)

「寛容と共感」

   寛容と共感  寛容が成り立つのは、共感の成り立つところである。 信仰の場合その共感は罪びと、低い人、傷を持つ自分のいるところ、完全でないところ、誤解しやすい自分を人を傷つけやすい自分を思い上がりやすい自分を知っているところ、など様々、自分を低くするところだ。 自分を上だと思っている者に対して寛容になることは不義である。何故なら、ごますりと同じだからだ。 信仰で言うところの寛容は、社交の丁寧語...

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