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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2016年05月
2016-05-31 (Tue)

「批判してきたこと」

   批判してきたこと  「神と人の関係が イエスの十字架の死とよみがえりによって回復されてはじめて 神を見失った人の心の不安は神からの平安と回復され、 人と人、人と自然との関係も回復されるのです。」 このような記事を自分が書くことを考えると、教理の丸写しで、あまりにベタで、ありふれていて、美味しいことだけ書いている印象を受けるので、書きかけても途中で止めてしまうだろう。やはり私は、自分で考えたこ...

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2016-05-30 (Mon)

「はかる」

   はかる  ガチガチの物差しで測るような格子を組み立てるような三角定規を並べるような「ならば」「ならば」で組み立てられた枠によって理解を定義する者は それが成り立たないと言われても分からないと言わずに相手を否定して感動とは無縁に人の気持ちを測ることが出来ずにレッテルを貼り付けるだろう それが成り立つと思ったら分かりましたとうわべだけのお世辞にさえ騙されて感動とは無縁に悪意を測ることが出来ずに真...

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2016-05-29 (Sun)

「悪魔」

   悪魔  神を信じることで神に近くなったと誇る人がいる 神を信じることで神の正しさの決めつけで自分の悪に気づかないまま正義の味方の絶対から他者の是非ばかり語る人がいる これらのことは人に稀ではなく起こっている 人が悪魔になるのではなく悪魔は常在菌でまるで人の一部のように常在している 神よりも人は悪魔と親しいかもしれない 神よりも人は悪魔にしばしば会っているかもしれない 神よりも悪魔は身近にいる...

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2016-05-28 (Sat)

「倍数判定の基本から」

   倍数判定の基本から  7の倍数判定については、一の位から、桁の数値に、1,3,2、-1、-3、-2、を掛けてゆく方法を下記に示した。この6つの掛ける数は、循環する。http://blogs.yahoo.co.jp/st5402jp/18488369.html比較的に覚えやすいので、まあ、使えるかと思う。 今回は、私が考えたことではなくて、ネットから学んだことですが、もっと一般的な考え方があるようです。結構、私としては興味深かったので、分...

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2016-05-28 (Sat)

「語るには」

   語るには  聖書から語れることは多いだろうしかしそれは「かもしれない」という思いであり決定事項ではなく人が考えた推測に過ぎない 神の絶対の言葉として教えられるかもしれないが神の絶対は地上の言葉では語れない 神が施した神事も人は人の世界の人事としてしか受け取れない 私たちが聖書からまた信仰生活の経験から語れるのは神の力と恵みと試練と導きから人の世界が受け取ることの解釈であり人事を超えるものでは...

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2016-05-27 (Fri)

「その名は不安」

   その名は不安から  その名は不思議 不安から平安への招待  http://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/27480820.html#27480820   の未承認コメント。一部、語句の適不適などで、若干編集してます。  シャロム氏は、聖句と、信仰の美辞麗句を並べることが、信仰だと思っているようです。それだけは、これでもかと、牧師だから出来るというわけです。事実の経過を知っている者としては、そういう記事を見れば見るだけ、...

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2016-05-27 (Fri)

「ちから」

   ちから  信仰は真面目に、真剣に、と思いつめて我こそは、と気負ってしまうと尋常ならざる道場に目を剥いて張り詰めて身構えてふるえてしまいそうです リラックスして柔軟に柔和に対応するというのは力を入れないことではなく無駄な力を抜くことで信仰でもスポーツでも似たような生き方のテーマになるでしょう 信仰者にとって信仰生活は日常であり不要な力を抜いてくれる尋常であるはずでそこで自由に考え行いそこに温か...

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2016-05-26 (Thu)

「もう無能」(旧作・改)

ひとやすみのガス抜きです・・    もう無能 (旧作改)  丸い種はもう蒔かない  四角い種ももう蒔かない  実のなる木はもう見ない  金のなる木はすでに知らない  いっせいに飛び立つ海鳥  砂浜に一人  波が上手にさらっていく  足元の砂 踏んでいるつもりで欠けてゆく砂の足元   光る波の一滴  乾いた  風に砂の一粒  去り際に払って  砂浜にはもう別の人々  砂をまく  水滴を  風を  気を  悪い種...

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2016-05-25 (Wed)

「心の偶像」

   心の偶像  人が神を信じることが厳密にはできないような気がするといつ頃から考えるようになったのだろう 信仰は難しいわけではないし何か特別の能力が必要なわけでもないのだが 祈るとき神様、または主よと呼んでいるがそのときとても優しい父のイメージだけを心に描いているのに気づいた その父は実際の私の父と違っていかなるときにも堂々として私にもそうあれと言ってくれる父である その父は世の友が私を捨て去る...

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2016-05-24 (Tue)

「改めるとは」

   改めるとは  悔い改めの悔いは犯した罪を自覚し神に祈り罪を告白して赦しを乞うことです 悔い改めの改めることは難しいと感じるかもしれません 自分の目指したことで失敗して人を傷つけてしまったなら取り返しのつかないこともあるでしょう しかし改めるとはそういうことではないのです 悔い改めの改めるというのはこの世に対してしたことを改めることではなく神に対する態度をもう一度、振り返って改めることですこれ...

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