FC2ブログ

ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2016年03月
2016-03-31 (Thu)

「手遅れ」

   手遅れ  自分が救われて恵みを与えられているのだから譲れないというのだが その救いと恵みが罪と偽善を正当化してしまうことに繋がっている うんざりするようなことに対してうんざりするという心の働きを無視している分感受性の軸が真偽を定めがたい教条の鵜呑みに向かっている どんどん堕ちていることに気づかないのは神を見ているつもりで人と自分を見ていないからだ 分からないことを分からないと正直に言える自由...

… 続きを読む

2016-03-30 (Wed)

「復活の・・批判(1)」

   「復活の・・批判(1)」  その名は不思議 復活の恵みの中で  http://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/27352437.html  のコメントより、編集  シャロムさんがブログに記事を公開しているということは、自分の言説を広めたい意思の表れです。つまりシャロムさんの言説は、公論ということですから、批判を拒否してはいけない性質のものなのです。シャロムさんのコメントから、悪意を読み取ってほしいです。  「>...

… 続きを読む

2016-03-30 (Wed)

「超常信仰」

   超常信仰  受難と磔刑の孤独な死という大いなる思考の門を素通りして 復活したと超常嗜好は肉体も精神も蘇ったという喜びの広い門に寄って集って安心を求めようとする 救いの条件もプロセスも神の超常のみを理由として超常でないと感動できない者たちは身近に訪れる魂の奇跡も人間の関わる信仰の話も受け取る感受性をいつしか失って どこかで起こったという死人の蘇りを証拠もなく神の御業の奇跡だと声高に宣伝しやたら...

… 続きを読む

2016-03-30 (Wed)

「桜:旧作4題」

旧作で申し訳ないですが・・     並木道  並木の桜が咲いた花鳥風月不感症の結膜炎の鱗(うろこ)の眼には紙切れのように咲いて紙切れのように褪(あ)せて紙切れのように散るのだ桜は散って命を残す紙切れは命を持たない役に立たなくなった紙切れ使い捨てたティッシュ・ちり紙 人に見られたくないメモ?リサイクルに回らない紙は捨てられ焼かれる今日も無数の紙切れが捨てられてゆく不可抗力・やむを得ないと...

… 続きを読む

2016-03-29 (Tue)

「人間乖離」

   人間乖離  人間学者に、人は人、神は神、と言われたら、大喜びで神は神なる絶対の神について氷結した教理をだらだらと語って悦に入る それは人間学とは何の関係もありません 知り得ないことを知ったと思い込む信仰を批判すれば使徒信条みたいなことを長々と書いて信仰の考え方は自由だがこれだけは譲れませんと書いて反論したつもりでいる 個人が譲るかどうかは真実とは全く関係ありません 信仰は総ての人間を救うのだ...

… 続きを読む

2016-03-28 (Mon)

「復活について」

   復活について  イエス・キリストの肉体の復活があったと信じなければキリスト者ではないのかという問題が、昔からあったようです。聖書には、肉体を持ったキリストの復活が書かれているからでしょう。聖書の話ですから、霊的なことを比喩したのだとか、伝承に過ぎないとかいった、説もあるようです。それは、聖書の解釈として、当然、あってよい説だと思います。 私が大いに不満なのは、創世記の解釈と同様、どれかに決め...

… 続きを読む

2016-03-28 (Mon)

「裏切るとき」

   裏切るとき  頑固ではなく頑迷で一途ではなく一方向だけで ペテロではなく むしろユダなのだ キリストを愛して自分の理想像を作ってしまって自分の思いに答えるキリストしか考えられなくなって 贔屓の引き倒しでキリストを殺してしまったユダなのだ キリストによって神の僕の自覚から神の信じ方まで自分で決めてその通りにしないキリストに不満で自分のほうが・・とか自分ならば・・と思うようになって 神が愛のスト...

… 続きを読む

2016-03-27 (Sun)

「姿」

   姿  リンゴの皮を剥いて皮を食べ玉ねぎを剥いて涙を飲む 姿よりも陰をなぞるほうがプロフィールらしくなる 犬にワオッと怒鳴られ猫にィヤーと拒まれ牛にモーと飽きられ午に非非ンと否まれる 人間と話すのは宅配の人お疲れ様です・・と目一杯挨拶して緊張する 部屋にはボール箱が増えて中身はトイレに流す予定 一日が部屋の中PCかTVの前 人伝に聞く消息は付き合いのない人TVか何かの 私はリンゴの皮ではない ...

… 続きを読む

2016-03-26 (Sat)

「聖霊体験」

   「聖霊体験」  批判対象ブログ:その名は不思議 批判対象記事:人の夢と神の救い  http://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/27338806.html  >聖霊と聖霊の御業については議論の対象にはなりません。>なぜなら神→人の事柄ですから。 聖霊は、聖書に語られている、神・キリスト・聖霊という聖三位の一つとして信仰者を誤らないように導くと言われている。 議論の対象にはならないかもしれない。だからといって、聖霊...

… 続きを読む

2016-03-25 (Fri)

「汚れ」

   汚れ  単純な比較として言葉での一つの矛盾について 1.「汚れていない」と思うことで汚れる必然 汚れているという自覚がないので 慢心→汚れに対して無防備→慢心が継続する必然 2.「汚れている」と思うことで汚れる必然 汚れていると自覚することで 自覚するゆえに 自覚したとき、汚れていないという慢心が生まれ それは既に汚れである必然 自覚を持つ分、無防備ではないが 矛盾してくるし、ジレンマでもある...

… 続きを読む