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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2016年01月
2016-01-31 (Sun)

「共感(2)」

   共感(2)  神を信じる人はバカだと言う人に 教理的なことをべらべら喋るのだけはやめて はい・・私はバカです 「神を信じる」は入れなくていい入れれば本気で言ってないことになるまだ守ろうとしている姿勢だ 無条件で自分をバカと言えるなら その人が弱っている人の場合 哀しい世界を共有することが出来ます 哀しい世界で共感することが出来ます そこからしか始まりません  ※自分の弱さを知っている人はどん...

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2016-01-31 (Sun)

「情熱と狂気」

   情熱と狂気   コメントの中で叫んだことの断片   大まかには、相手に向かって、   別の人(彼)のことを言っています。   少し言葉遣いなど編集・修正しています。   それでもまとまっていないところがあります。   順序は前後しているところがあります。  彼は罪を認めない、彼は神様のつもりかもしれない、まだはっきり分からない、それは彼が聞くことをせず、かつ言うことだけは大仰だからだ、讃美ば...

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2016-01-30 (Sat)

「傷つける」

   「傷つける」    他のブログに書いた私のコメントから編集    引用は、A様(仮称)。「相手」=「彼」もHNを伏せます。    「STさん」は私です。  傷つけていると思います。傷つけるほど書かないと反応しないと思いました。まあ今でもそう思います。それでもいつものように記事を書いて、砕かれた魂の欠片もない、と私には思えます。だから怒りが持続しています。根拠を示して指摘した分、罵詈雑言ではない...

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2016-01-30 (Sat)

「(批判)救いの条件」

   (批判)救いの条件  批判対象ブログ:その名は不思議 批判対象記事:御前に静まる  http://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/27227370.html   (聖句)「汝等しづまりて我の神たるをしれ」(詩篇第46篇10節) >この十戒はイスラエルの人々の救いの条件として与えられたものではなく、>約束の地で神の祝福と恵みのなかで生きるために必要な戒めでした。>なぜなら、神の祝福と恵みあふれる地にも、>異邦の民が住...

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2016-01-29 (Fri)

「うつわ」

   うつわ  聖書から人を喩えて「土の器」というけれど 自由な思考を失っていない人は様々な形に喩えてもいいだろう 聖書はそして信仰は人の発想を縛るものではない 1.器 ・・に人を喩えると 2.土の器 3.脆い器 4.罅割れた器 5.壊れた器 6.飛び散った器 7.欠片 これらは皆、人に当てはまるだろう 日々、神の前にに、そして人の前に捧げているのは、これらである 2.のみが正しいと思うのは聖書を...

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2016-01-28 (Thu)

「信仰の言論」

   信仰の言論  聖書と信仰から例えば私などが考えても書くときには集中してときには苦しくときには気分良く書いたとしても そして誰が考えても人が考える信仰の道は厳密に正しいということはないそれこそどこが正しくてどこが間違っているかもわからないのだ 人は書くときに自己の無謬性を否定しておかねばならない 信仰の道、人間の道を書くことに意味があるのはどれもが正しいとしてしまうととんでもない非人道的な神が...

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2016-01-27 (Wed)

雑言コメント

   雑言コメント   最近来たものです。    ばかばかしくて・・私のレスは・・探してください。  こんばんは~ 鬱病治りましたか? 睡眠障害治りましたか?  大切なのは自分の身体ですよ。 自分の身体に感謝するのが一番大切ですよ。 そんな事も解らないで偉ぶった事言ってると笑われますよ(笑)恥ずかしすぎますよ。  小学生みたいな日記を書いてる場合ではないですよ(笑) 2016/1/26(火) ...

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2016-01-27 (Wed)

「強さ?批判」

   強さ?批判  偽善は強いといっても本当の強さではない 施すことによって強く動じていないところを見せようというのが偽善だから したがってその強さは見せかけであり人としての強さではなく聖句「弱さを誇る」とは対極にある 「弱さを誇る」極致はこの世のあらゆる名誉を剥ぎ取られあらゆる恥辱を着せられ非暴力のまま殺されるというキリストの姿に見ることが出来る その萌芽は権力に抵抗する非暴力運動に見られるがそ...

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2016-01-26 (Tue)

「神と人の道」

   神と人の道  神の道を歩もうと願うなら人の道を歩むことを求めるべきだ何故なら神は人に神の道を歩ませるのではなく神は人にご自身の支配する民の道つまり人間の道を歩ませるために信仰を与えられるからだ 個人が勝手に道を作るのではないということは非信仰者だけに言われることではない 信仰者こそが神を信じているだけに勝手に自分の道を神の道だと思い込みやすい 正しい道と言い神に義とされる道と言い他者に対して...

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2016-01-25 (Mon)

「当たり前 (2)」

   当たり前 (2)  当たり前と言うために当たり前をたくさん背負って当たり前の国へ行く人々 当たり前が当たり前に当たり前でなく感動と救いを与えると信じ込んで それは思慮を怠ることなのだが 当たり前は曲者なのだが 当たり前は偶然を当たり前は幸運を当たり前の導きとして当たり前に感謝する それは思い上がりなのだが 人ひとりの道も当たり前に明け渡したから人を知ろうとしない固体になってすぐ近くにある悲し...

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