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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2015年09月
2015-09-30 (Wed)

「神芝居」

   神芝居  神秘が神の秘密のままでありしるしを見ずに信じることが義とされ決して計ることの出来ない大いなる摂理に人が抱かれてゆくゆえにこそ理性と悪知恵にまみれた人であっても希望を持つことも祈ることもわが身と魂の運びを委ねることも出来ようというのに それをまるで舞台の役者のように神はこうお考えになりキリストはこうなさることが使命で聖霊が降りてきてこう働くなどと不可分の三位一体と言いながら劇のような...

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2015-09-30 (Wed)

「あるコメント(3)」

   あるコメント(3)  元々はキリスト教の牧師がブログに政治的な記事を転載したところ次のようなコメントが寄せられました。 コメント「捏造したり、侵略することをしないで、国際法に従った行動すれば、それはよき隣国だが、今までしてきた事は当に理解できないヤクザ的行動である。あなたはヤクザが隣に住んでいても仲良く出来ますか。出来ないでしょう。防犯カメラをつけたり、何か因縁付けられトラブルが起こったとき...

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2015-09-29 (Tue)

「言葉」

   言葉  人の言葉はたぶん概念と対応しているのだが概念は経験や学習によって変わってゆくしまた人によって異なってくるその概念を表すのに言葉を使っているわけだから言葉は可変の多様を表すとしか言いようがない 人の言葉は人からはここまでしか見えない、こうとしか見えないという秘密の摂理によって神ではない不全を限られるだろう だからこそ人の言葉を人は自ら縛ってはならない  ・・・ 偉大なる反逆者の思いはそ...

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2015-09-29 (Tue)

「崖っぷち」

   崖っぷち  どうしようもない崖っぷちにおいては命の異常な瀬戸際なのだからどんなに激しく思い込んでも構わない激しく救いを思い込み激しく望み激しく祈り叫ぶべきだ 藁(わら)は神が与えた救いの綱であるかもしれない しかし崖っぷちを過ぎることが出来たらそこには生き続けるという新たな恵みと試練が待っているのだから さらに経験を与えられ加増された理性は神の民である人間として考えるべきだ そのときには区別...

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2015-09-28 (Mon)

「雑言記念日」

   雑言記念日  独り言に罵詈雑言が多くなった言葉がつながらなくなって面倒臭くなったのだろうか 詐欺と信条が同じに見える悪と信念が同じに見えるしたがって政治と宗教が違って見えない 柔和にはずいぶん騙されたから 好き嫌いは誰にもあるようだが好きは減ってゆき嫌いは呪いになってゆくだろう 美しいものを見ると少しは安心したものだが美しいということがだんだん分からなくなるようだ 誰かにとっての私は最悪に見...

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2015-09-24 (Thu)

「二千年」

   二千年  二千年前キリストを殺したのは当時の宗教指導者たちだった 二千年を経て同じように宗教指導者たちの中には信仰を殺し続けている者がいる 彼らは聖書が提示する賜物としての多くの疑問を共有せずに封じ込め 恐ろしく陳腐な奇跡話をこの世で唯一の善い話のようにただ人々に繰り返し語り 聞くことだけで満ち足りるのが信仰だと あらゆる疑問を無条件に無視するように人々を洗脳している 日々キリストの存在を無...

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2015-09-22 (Tue)

「逍遥(二)」

   逍遥(二)  心の中や 別の人にはやはり悪口を言うておるかと卑怯者よ と思うても怒るでも嘆くでもなくいつか 否応もなく受けてしまう性(さが)をも失って 人に言われれば ああと言い否むにしても 穏やかに首を振り 去れるならば 雨粒のごとき関わりにふっと皮肉めいてさびしげに 独り笑い 一期一会に目一杯でも懸命でもなくもう充分に過ごしたこと 長くも短くもなくこれよ 時というものはと 分かり合えず ...

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2015-09-22 (Tue)

「生涯」

   生涯  生涯は生きる涯(はて)涯は水際に向かう崖(がけ)一生の涯の崖っぷちを独り歩く 酒に溺れたり悪夢に溺れたりする 溺れる者は藁(わら)をつかむだろうかすでに溺れているのだが つらさと怖さを打ち消すために何もので埋めればよいか酒か他の欲か欲でない何ものか 涯が果てであるなら何の実りであるか死すべき果実とは 果実が溺れる海を教えてくれ黄色い赤い青い・・いかなる崖に何色の果実があるというのだ ...

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2015-09-22 (Tue)

「呼ばわる」

   呼ばわる  心ある者は天を指して神は分からぬと呼ばわるだろう  心なき者が いかに唾を飛ばして 神はかくあり かく為されると吹聴しても 呼ばわる者は野に山に神は嵐と呼ばわるだろう不意に訪れ不意に去り跡形も残さぬと  心なき者が 神は、神は、と 要らぬ心配と安心を振りまこうとも 唯一の大いなる御方は人の世を整えるときに嵐のごとく揺さぶることなしに人の笑い顔に答えるだろうか 心ある者は何かを指し...

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2015-09-21 (Mon)

「逍遥」

   逍遥  この胸から広がって逍遥の山野などありて河や湖などもありてさして大きくもなく果てしないようでそれほど遠くへ行けるものでもなく 懐かしい人々も懐かしくない人々もおぼろげに言葉を交わすわけでもなくさては彼らも逍遥かと 服を脱いで振ってみたり石を投げたりもしてみるが皮肉の一つも言ってみるが返事もなく狭いのに茫洋として この胸のお仕舞いにかたこと、かたこと、乗せてみたい台詞など探しているのだが...

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