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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2015年02月
2015-02-27 (Fri)

「理解」

   理解  人は目の前にない物や人をまた形のないものを想像してまたは推測して結び付けて把握できるものに変えてしまう習性をもっている それを理解と呼んだりする 理解しがたい対象を理解したい・・から・・理解したことにしたい欲望があるのだろう それは神については不可能なのだがその想像をリアルと比べ結び付けて生きているのが実状だ 追求される理解への欲望が神という神聖なら他のいかなる達成できない欲望よりも...

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2015-02-27 (Fri)

「心の中の偶像」

   心の中の偶像  キリストに祈りキリストを意識するとき思い浮かべるキリストはキリストに寄せる思いの理想像である 注意しないと思い描いたキリストに「よくできたね」と自分を肯定させ褒めさせる信仰になってしまう 最も危険な偶像信仰である 熱心であればあるほど心の中の偶像は強化され偶像信仰は自分信仰になってゆく 目に見える偶像よりも怖いのは心の中の偶像である これを避けるには常にではなく・・折に触れて...

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2015-02-27 (Fri)

「弱さ・強さ」

   弱さ・強さ  あらゆる邪悪から自分を除外する前提は自分信仰を正当化し強める要素です。 >信仰にもいろいろな段階があり、>信仰の強い人、知識で割り切っていける人もいれば、>信仰の弱い人>(信仰の知識で割り切れず、良心の呵責を覚える人)>もいるわけですから、>天の神、主が願っておられる在り方は、>信仰の強い人は、信仰の弱い人を受け入れる在り方のようですね。>批判しないで。 まず信仰の本質は知識で...

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2015-02-26 (Thu)

「思慮」

   思慮  聖霊を直接体験できると言い張る者はとても便利に信仰を使って困ったときには自らの思慮の深みを覗く そこにはいつも神の答えがあると信じている神の都合を彼は知らないのに・・ 思慮の深み、心の奥、情念の澱、そこにあるのは聖なるものばかりではないのに・・・・よほど自分の心は奥まできれいだと思っているのだろう 受け入れる器であることは大切だが器に神の答えがいつもあると信じて求めた果てに答えがない...

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2015-02-26 (Thu)

「希望」

   希望  希望は絶望からしか生まれない 希望と絶望は同値である 希望と絶望は分けられない 絶望するとき同時に希望を抱いている 絶望するとき起死回生を望まないではおれないのだ 信仰はそこから祈りに導くかもしれない そのとき信仰も希望も一種の狂気なのかもしれない しかしその狂気は希望だけに満ちていますという感謝と讃美よりはマシな狂気だろう 希死は常に死ななくてもよい状況を想定している想定している ...

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2015-02-24 (Tue)

「自分信仰(2)」

   自分信仰 (2)  自分信仰の言説は基本的に自己中心に展開するため他者のことは考えないので殆ど説得力がなくゆえに繰り返すことに命を懸けている 語ることでそのたびに自己完結して足したり引いたりする必要を感じずゆえに修正する気は全くなく人が異を唱えると不機嫌になるだけだ 「ふっ、何を言っとる」といったような嘲笑と侮蔑の感情を言外に感じることが多い 自分の罪について考えることは戦略的に益があると判...

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2015-02-24 (Tue)

「直接体験」

 彼の言説においては自明となっている聖霊について彼は語っています。 >この、聖である霊と呼ばれる方を通して>心に来る思いについて行く者は、>自分の理性による善悪の判断という>砂地の上に自分の行動を建てるのではなく、>天の神、主の御思いという岩盤の上に>自分の行動を建てていくことになるのだそうですね。 聖霊が心に書きつけてその思いと一つになると言い >「子」として、家族として>生きるようにして下さっ...

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2015-02-23 (Mon)

「ガス抜き」

フィクションです・・    ガス抜き  たとえですが理由もなく1+1=3 と言うのです3は 永遠、完全、・・ リンゴ1個は、1リンゴ1個に リンゴ1個ならリンゴ2個だから 1+1=2 と言ったのです しかしまた 1+1=3 と最初に言ったのとまるで同じ調子でくりかえし言うのですなぜなら神に教えてもらったからと神の証拠だからとしるしだからとみわざだからと 人が勝手に決めてはいけないのに そう繰り返す...

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2015-02-22 (Sun)

「信仰と自分」

前の記事で自分信仰について述べましたので・・    信仰と自分  自分の考えはこう・・でも神の考えは分からない・・と一歩引くのが信仰 信仰に関わる神と自分の信仰の思い込みとは違うという可能性をも信じるのが信仰 信じないのが自分信仰で誰にでもある思い込みを信仰としてしまう 大して変わらないようで実は大きな違い 違いは元々誰もが知っていて神と違う人の存在の儚さの自覚だ 存在の儚さは誰でも持っていて誰も...

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2015-02-22 (Sun)

「自分信仰」

   自分信仰  信仰者は実は多くの場合自分は特別に神に愛されているという被愛妄想を持っている 最も邪悪な自分信仰は自分は特別・・ということを神の意思と決めつける そうなると誰かを神に愛されない敵と見なすことになり言葉で表面上は取り繕っても死んで地獄へ落ちればいい奴と裁かれて死ぬ奴そして地獄へ落ちる奴と誰かを決めつけることになる 神を恐れないからそういう信じ方を御心に適うと決めつける 神と人の関係...

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