FC2ブログ

ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

Top Page › Archive - 2014年08月
2014-08-31 (Sun)

「低い人(再録)」「拒否」

   低い人  低みを流れる風に吹かれて川を眺める緩やかな流れに揺らめく空の高みあの青い風に吹かれたいのは 長い影をつくり森を沈ませ闇へと消してゆくひとときの雲の縁を輝かせじりじりと焦がしていくあの熱に焼かれたいのは 星の地図よりも星と星の間小さな星を瞬かせ夜の空をつくっている黒い曲面よりも平坦な深海よりも深い立体のあの底の底へ旅したいのは 人ひとりの喜びや悲しみも測れないでいて忘れることも割れる...

… 続きを読む

2014-08-28 (Thu)

「供物」

   供物  両手で持ち上げて生贄を捧げる二股の支えにゆっくりと盛られる謙譲の高度は挨拶のように質量×落差の分だけ予め計算された時計の勝鬨をあげる 腰を抜かれた脳髄は器の骨盤を求めて落ちてゆく 人対人の祭壇の前いわれもない主従に安定する噛み合わせを談合して脅威と祝福のサイトマップが捏造された 吊り下げられた首の振子が振幅を絞めながら怒張した静脈を押し上げる怒張した文脈を押し上げる 今日からは同胞ゆ...

… 続きを読む

2014-08-28 (Thu)

「逝くとき」+再録

   逝くとき  横たわる体が受ける重力から次第に見るもの感じるものが変わっていって? や ! や 空白さえも生き物のようで・・気づいたかのようにアーッと言ったその先端に音もなく瞬く間もなく時空のない世界全体に行きわたって私の死は遍く貼り付けられるのだろうか 今もって底知れず自分の不在が理解できない  (2014年08月28日)     シンプルに (再録) 私はだんだんシンプルになっていくようで...

… 続きを読む

2014-08-26 (Tue)

「不信」

   不信  誰も信じてはおりません最初の失意から四十年経ちます あの頃は何かまだ引っかかって足掻いたりもしておりましたが 夏と冬の上り下りの繰り返しにも何年前なのか分からなくなる思い出し方にも ぼんやりしたり薄くなったり重くなったりどこからか疲れたのでございましょう 笑って言えばよろしいのでしょうか泣いて言えばよろしいのでしょうか 実を言いますと気持ちは時に激しいのですが顔がふさいだまま動かない...

… 続きを読む

2014-08-26 (Tue)

「選択と必然」

   選択と必然  産んでくれと頼んだ覚えはないに対して産んでくれるなと頼んだ覚えもないと返して納得しようとしたことがある 産むことと作ることについては生まれる者は是非の選択に関われない 作りそして産むという選択をした人がいてその子供として否応なしに生まれてくる 生まれてきてよかったかどうかは生まれた者の判断と責任ということになる  産まない選択があった少なくとも作らない選択があったしかし生まれな...

… 続きを読む

2014-08-23 (Sat)

「気持ち」

フィクションです・・    気持ち  気に食わないと「お前が悪いんだ」と言っていたら自己中心的だと言われるようになった それはよくないと思って黙っていることにしたら黙っていれば済むと思っていると言われるようになった それはよくないと思って「私が悪いんだ」と言うことにしたら「私が悪いんだ」と言うことが付け足しみたいな言い訳になっていて自己満足だと言われるようになった それはよくないと思ってそれはよく...

… 続きを読む

2014-08-22 (Fri)

「確信の果て」

   確信の果て  いかなる思い込みも個人においては信仰となりうるというよりいかなる個人においても信仰は思い込みを繰り返している 思い込みが邪悪なのは思い込みの宗教的確信は個人にとどまらず人の確信を神への信仰として他者に伝え「わかりました。ありがとう」を聞きたがるようになるからだ 人に伝えるとき思い込みの確信は自分信仰というむしろ信じないほうが良かったというほどのあってはならない邪悪さを示すだろう...

… 続きを読む

2014-08-17 (Sun)

「妄想 (二)」

   妄想 (二)  人はあまりに妄りに思いを馳せるゆえ周りを気遣って妄想同士が折り合いをつけて個人の正気を装っている それほど思想は千々に乱れるゆえ人と人とが折り合いをつけるのは至難であり久しく失敗を繰り返している 水浸しになっては沸騰し熱して燃焼し重度の火傷に怒り発すれば所構わず引き裂いて血を噴き出し流してはおろおろと包帯を巻くのである 小さく個別に炭化した口を開け流れ垂れ下がる真っ赤な舌と泡...

… 続きを読む

2014-08-16 (Sat)

「妄想」

   妄想  食事は肉体を支えているが食事は正気を支えていない 正気は妄想が支えている 何かを行ったとき束の間良い気分になるのは何か妄想が生まれているからだ 達成感ならば行うとき既に妄想が生まれているのかもしれない 言語化や行動化の暇もなく過ぎ去って空しい妄想は気分として処理されるけれども浸っている間は非現実で訂正不能という妄想の要件を満たしていて他者を受け入れることはない 行為の動作そのものが快...

… 続きを読む

2014-08-12 (Tue)

「中身」

   中身  中身が分かるわけではないが 中身を考えることは出来るだろう 考えていることは存在していることだし 外を見ることはあっても 存在に外見はないのだから  いささかでも中身のために生きているなら 外見は中身を表すために使われるものだが 外見世界の住人になってしまうと 中身は外見に使われることになる  (2014年08月12日)  にほんブログ村 暗い詩 にほんブログ村 思想 にほんブログ村 ...

… 続きを読む