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ウソの国ー詩と宗教(戸田聡)

キリスト教、ポエム、宗教詩、数学・図形、など

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2020-08-14 (Fri)

善ではない(改)

   善ではない(改)   私の記事「反面の偽善者」 https://ameblo.jp/st5402jp/entry-12506066182.html を修正再録します。  洗礼だけなら信仰ではない。儀式の過去は信仰を保証しない。 信仰は儀式で安穏を約束したりしない。信仰は心に住むからである。 善の意識だけなら信仰ではない。だからといって善を完全に行える者はいない。できるだけ、では、安い道徳に過ぎない。 神に向かってあるいは神について守ってい...

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2020-08-13 (Thu)

いちゃもん(再録+)

   いちゃもん(再)    とこしえの御座 (詩編9:8)   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41564781.html   楽山のブログ。  楽山は、まじめに読んでもいない聖書に苦情を言っています。 >主は裁きのために御座を固く据えとこしえに御座に着いておられる。(詩編9:8)< 詩篇9:7のようです。  (詩篇、口語訳)9:5あなたはもろもろの国民を責め、悪しき者を滅ぼし、永久に彼らの名を消し去られました。9:6敵...

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2020-08-12 (Wed)

楽山の無理の路

   楽山の無理の路  『シルバー・バーチの霊訓(一)』 アン・ドゥーリ―編、近藤千雄訳 2020年08月11日 楽山日記(LD) http://mn266z.blog.jp/archives/25843065.html  楽山は、だらだらと長い記事を書いてきました。内容は、殆ど空疎であります。自慢と、指摘しても執拗に、飾りのように貼りつけて文脈から浮いている謙虚芝居のトホホ言語と、整わない理路と、欠落した高等感情を見ることになります。 >*シルバー...

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2020-08-11 (Tue)

考える信仰

   考える信仰  宗教そして信仰は客観性を失わせるように見えるかもしれない。 というのは信仰を知らなければまず信仰については語れない。信仰者であれば信じているのだから客観的には語れないというような理屈になる。 しかしここには大きな勘違いがある。信仰が超常から日常まで教えられたとおりに信じ込むことだという勘違いである。 キリスト信仰の場合教えられるのは大方言葉でありそのまま信じこんでも信仰にはなら...

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2020-08-10 (Mon)

理解すること

   理解すること  理解することは辻褄を合わせることではない。辻褄合わせは多く自分に納得を強いて分かったという思い込みに至っている。恐ろしいことにそれを自慢する者さえいる。 理解は辻褄を超えたところにあり情緒的解放感を伴うゆえにそこから活力と説得力が生まれる。  同じ言葉を言っても聞いても心にあるものも受け取るものも人と時と状況によって特に学習と経験によって違ってくる。 ゆえに理解するためにさせ...

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